「祇園」とは、祇樹給孤独園の略で「祇園精舎」とも言われ、古代インドにおいて給孤独長者が祇陀太子と協力して釈迦のために一宇建立したインド仏教教団の拠点といわれており、お寺のことである。

わが国の祇園祭りは、平安時代の後期、圓融天皇の御代に全国規模の疫病「疱瘡」が流行したため、疫病の平癒祈願のため祇園社に全国六十余州の鉾と走馬、勅楽を奉じて「祇園御霊会」を営んだことから始まったと伝えられている。
今日のような祇園車が運行されるようになったのは、一条天皇の御代に「無骨」という田楽法師が大嘗会の標山のようなものを造って曳き回したのが始まりと伝えられている。ちなみに、この標山は神霊を祭りの場に招聘するための乗り物と考えている。